●『高柳家のルール』高柳将太
前日寝てなかったので、今日は仕事から帰ってきてソッコー寝ようと思ってました。
高柳家は5人家族で、
父、善明(50)183センチ
母、みゆき(50)165センチ
長男、健一(26)186センチ
次男、康二(23)180センチ
三男、将太(21)176センチ
で構成されている。
父がバスケットボールをやっていた為、完全な体育会系家族である。
「上の者には逆らうな」
そんなルールが暗黙の了解でできており、それを破ると殴られる。
だからプリンが二個あっても僕は絶対食べれなかった。
むしろ食べないようにしていた。
殴られるからである。
プリンが二個なら健一、康二の物。
仕事であまり家にはいなかった親父が帰ってきたら、
プリンは親父と健一の物。
そんなルールが暗黙の了解でできていた為、
下の者は上の者には意見を言えなかった。
むしろ言わなかった。
全ては上の立場を守る為に。
しかし、母みゆきは1人だけそのルールにはハマらなかった。
誰に対しても優しくて、誰に対しても厳しくて、
そんな母みゆきのおかげで高柳家はうまくバランスがとれているのだ。
しかし、三人兄弟が成長していくにつれて、そのルールはどんどん崩されていくのである。下克上の始まりである。
まず、長男健一の下克上が始まる。
それまでの高柳家の身長は父から順に綺麗に下に行き、腕っ節も父から順に綺麗に下に行く。
長男健一が高校に入り、親父の身長をあっさり抜く。
体格も格闘家のような健一はその上しゃべりも天下一品。
僕からしたら憧れの兄である。
その頃僕は小学六年生。親父と健一のバトルは第二次世界大戦なんか比にならないくらい危機せまるものがあった。
世の中で一番怖がった。
そんなバトル中、僕はいつも思っていた。
「父の立場を壊さないでくれ」と。喧嘩の内容はサッパリわからない。
父の立場が崩れる事によって、その他の何かが全て崩れるような気がしてならなかった。
だが僕の思いは届かず、むしろ届けれず、健一の下克上は幕を閉じた。
どっちが勝ったとか負けたではない。
ただこの現実が辛かった。
そんな辛い気持ちをいつも母親に話していた。
「お母さん。なんで反抗期って来るの?」
すると母は笑いながら
「誰にだってくるもんなんだよ。将太だっていつかは親父に噛み付く時が来るんだから。」
「僕は絶対反抗期なんて来ないよ!お父さんにそんな事言ったら何されるかわかんないし、お母さんにだけは絶対しないよ!お母さんが泣いてる所見たくないし。」
またもや母は笑いながら
「将太はならないと思うよ。」
「うん!絶対ならないよ!」
そして僕が中学に上がる。
長男は高校を卒業し、すっかり落ち着いてしまった。
時々親父とは喧嘩をしているが、お互い割り切っていて、
今思うと諦めの部分がお互いにあったのかな?とも思う。
そんな中、次男康二の下克上が始まる。
康二は昔からキレやすく、僕は康二からは何百回と殴られ、一番喧嘩した仲。
やはり気が短かっただけあって、ちょいちょい昔からはルールに逆らって上に殴られていた。だからいざ、下克上します!!ってなっても慣れていたせいか、長男の時の下克上に比べてさほど僕自身があせる事がなかった。
僕自身多少成長したのもあるし、次男康二の性格もあると思う。
しかし、その下克上の矛先が母親に向かった時はさすがに怖かった。
何よりもそれが一番怖かった。
僕が家から帰ってくると、家が散乱している。
康二が母親と喧嘩をしていた。
母親の罵声が飛ぶ。
「殴れるもんなら殴ってみろー!!」
康二、母親の胸ぐらをつかんでいた手を自ら払いそのまま家を出て行った。
言っておきますが、
当時高校生の康二は200キロのバーベルを担いでスクワットができる程いかつかった。
そんな相手に母親の罵声。
康二が出て行った後、母親は崩れ落ち、
泣いていた。
「お母さん。俺は絶対反抗期にはならないからね。」
すると母親は泣きながら
「将太はならないと思うよ。」
前にも聞いたセリフ。
そう。
セリフである。
母親は三回目が来ることも分かって言っている。
二回目でようやくセリフだと分かった中学三年の冬だった。
それから六年後。
僕は前日寝てなかったので、今日は仕事から帰ってきてソッコー寝ようと思ってました。
すると、康二と
酔っ払いの親父が帰ってきた。
親父は酔っぱらうとたちが悪い。
だが、今日は上機嫌だった。良いことがあったのだろう。
親父は昔に比べて全く怒らなくなり、
今日も駅から家までタクシーで帰りたくないから、
康二に迎えにきてもらいタクシー代を康二に渡していた。しかも笑顔で…。
ありえない!!
昔は親父のジュースを一口飲んだだけで殴ってきたのに、今となっては仏様である。
そして迎えに行った康二も、昔に比べてだいぶ変わった。
昔は「ジュース一口頂戴」って言っただけで不機嫌になってたのに、
今では20分もかかる駅まで親父を迎えに行くようになった。しかも笑顔で…。
親父の変化に比べ、康二の変化は心暖まるものがあった。
なんか嬉しかった。
そして長男健一は現在結婚しており、
めちゃくちゃ綺麗な奥さんとめちゃくちゃ可愛い子供がいる。
一週間後には二人目も産まれる。
素晴らしいですね。
みんな変わってるんだな?。
きっと反抗期の時期に、気持ちを爆発させたから今素直でいられるんだな?。
それに比べて俺は…。
すると、今度は酔っ払いの母親が帰ってきた。
僕の家は団地住まいで、長男は家をでて、現在四人で狭い家で暮らしている。
となると現在の状況が、
酔っ払いの父と母。
正常な康二と俺。
ある意味下克上は達成したな。と思いました(笑)
しかし、俺個人の下克上はまだだった。
二週間程前に母親に言われました。
「将太は本当に楽だった!!反抗期もないし、
上の二人に比べて反抗期がなさすぎるから逆にそれが怖い。」
そう。俺はそれから6年間反抗期がなかった。
俺自身は反抗してきたつもりだったが、
母親からしてみたらてんでたいした事はなかったらしい。上の二人が強烈すぎたから。
俺はこれが良いことだとずーっと思ってた。
上の二人を見て、
母親の涙を見て、
塾の先生のキクンニからはしきりに、
「親は大事にしろ」と言われてきて、
勉強してきたつもりだった。
しかし、今はどうでしょう。
反抗期があった事によって父や母と楽しく喋る上の二人。
ふと思った。
俺はこれで良かったのか?
本当の気持ちをまだぶつけていないのでは?
まだ上の立場を守ろうとしているのでは?
すると酔っ払い親父が俺に喋る。
「お前はどうなんだ?役者を目指してビッグになるとか言ってるけど、それでいいのか?
彼女をしっかり想いながら夢を追うことができるのか?俺は無理だと思うな!!」
高柳将太21歳にして初の下克上が始まる。
「ちょっと待ってよ!!
何でそうやって決めつけるの?
何でそうやって結果を作ろうとするの?
何が正しくて、何が正しくないかなんて誰も解らんのだわ!!
だったら今は正しいと思うものに全力で行けばいいじゃん!
結果を気にして過程を変えるより、
過程を気にして結果を変える方がいいでしょ?
俺はまだ売れてないし、何が正しいとかはっきりは解らないけど、
今は自分が正しいと思うものに自信を持って全力でやるだけだよ!!
役者の目標も、恋愛も。」
「将太。」
「は?」
「声が大きすぎる。」
「え?」
「夜中だからもっと静かに喋れ。」
「はい。」
俺の下克上は一生ないと思います。
「下克上」ってそもそも現時点で自分が下って決めてますよね?
そして相手が上とも決めてますよね?
もう親父とはそんな関係じゃないんです。
対等に語り合える仲なんです。
このままでいいんです。
昔と違って親父は、僕の話を聞いてくれます。
だから僕は自分の価値観を思いっきり親父にぶつけます!!
でも、僕はこれからもずっと
親父の立場は壊さない。
母親の立場も壊さない。
兄の立場も壊さない。
それが末っ子の僕の仕事でもあり、
「高柳家のルール」だから。